司書の本棚

司書が本当にお勧めする本

『成瀬は天下を取りにいく』独自のマインドと地域愛で,天下取り

意志を持った凛々しい顔に,なぜかライオンズのユニホーム。鼻の下をこすっているポーズからすると,恋愛系ではなさそう。そしてタイトル通りなら笑える?・・・。 主人公「成瀬あかり」はそんな想像を全く裏切らず,すべての想像の上を行く。登場時はおそら…

『東京タワー オカンとボクと,時々,オトン』人は,いつ大人になるのか?

歴代の本屋大賞作品を展示していて,「学生時代に泣きながら読んだな・・・」とめくり始めたが最後,借りて帰って一気読みすることになった。 当時はオカンがとにかくかわいそうで,病気が重くなっていくところがせつなくて泣けてきたのだけれど,自分がオカ…

『星を編む』物語のその後を知る楽しみ

2023年の本屋大賞受賞作『汝,星のごとく』の続編であり,2024年本屋大賞ノミネート作でもある小説。 表紙から『汝,星のごとく』の続編だと分かる美しい刺繍のデザインされた装丁。 発売されてすぐに借りて読んでいたのに,本屋さんで偶然サイン本に出会い…

『リカバリー・カバヒコ』ありふれているから,共感できる物語

今年も本屋大賞の季節がやってきて,読みかけてやめていた本を手にとった。 作者は2021年『お探し物は図書室まで』2022年『赤と青とエスキース』で本屋大賞2位,昨年は『月の立つ林で』で5位と,もはやノミネート常連の方。今回も心打つ連作短編だった。 こ…

『続 窓ぎわのトットちゃん』人は失敗することで前に進んで行く

著者はこの本の前書きに どう考えても『窓ぎわのトットちゃん』よりおもしろいことは書けない,と思っていた。 と,記している。けれど,この本で描かれたトットちゃんのその後の人生も,なかなかユニークだった。笑いと涙,そして失敗(とまでいかなくても…

『遅いインターネット』五感を使ってゆっくりと思考すること

田舎に住んでいると「移住・定住促進」という言葉をよく耳にする。私自身は論理的に考えて,私の住む町だけが人口を増加させることはできないという意見を持ち続けている。けれどそんな考えはなぜか少数だ。先日,仕事で東京から来られた方がこの話を耳にし…

『自由への手紙』自由になるために捨てるべきものと,捨ててはいけないもの

著者オードリー・タン氏は,新しい時代を生きる台湾の若き指導者。35歳でデジタル担当大臣となり,コロナ禍で数々の思い切った政策を打ち出したカリスマ。 この本では常識という非常識な思い込みから自由になる方法について語っている。性別からも自由になっ…

『ぼくのブック・ウーマン』本と人の出会う場所で働くということ

どんな仕事も尊いものだけど,私はたくさんの仕事から司書を選んだことを誇りに思っている。 毎日本を読んでいる。当然本を登録したり,配架したり,返却したり貸し出したりしている。事務的で,静かで,変化の少ない毎日だ。 人によっては退屈だと思うかも…

『オリガ・モリソヴナの反語法』強靭で美しい肉体には,強靭で美しい魂が宿る

人をけなすとき,「褒めちぎる」つまり反語法をつかってけなすというとんでもなくひねくれものの「オリガ・モリソヴナ」という女性の,一生の物語。 この物語は1930年代スターリンの行った粛清の波にのまれた女性たちの物語を追う形で進む。 革命や共産主義…

『風をつかまえたウィリアム』伝記の可能性を信じて

「でんき」と言葉で伝えると,ほとんどのこどもが「電気」を連想する。それくらい「伝記」という読み物はあまり人気がなかったように思う。 でも,最近では絵本に「伝記絵本」というジャンルが定着し,本当にたくさんの作品が並んでいる。 私は「伝記」が好…

『虔十公園林』(けんじゅうこうえんりん)心の美しい人のまなざしで見た世界

宮沢賢治の本の中から一冊を選ぶのは本当に難しいけれど,どうしても何か一つ選ぶなら,私はこの作品を上げる。 虔十はみんなから「ちょっと足りない」と馬鹿にされているけれど,そう言われてもいつも「はあはあ」笑っていて,「雨にも負けず」にでてくる賢…

『リンドグレーンと少女サラ』手紙がつなぐ友情

半世紀生きて思うのは,女の友情って年が離れていたほうが育まれやすいのではないかということ。年が近いと,ライバルになってしまう可能性の方が高いけれど,年が離れていればお互いの声に素直に耳を傾けられる気がする。(もちろん例外はあるけれど) この…

『なぞなぞのすきな女の子』女の子とオオカミという定石

「なぞなぞ」という遊びがずっとすたれずにあるのは,きっとそれを楽しいと感じるこころがあるからなのだろう。 主人公の女の子はいつもいつも,お母さんを相手になぞなぞ遊びをしている。ある日,女の子は森へ行き,そこで出会ったおおかみとなぞなぞ対決を…

『2020年6月30日にまたここで会おう』若者に必要なのは希望

「伝説の東大講義」という副題がついている。 この本は副題の通り,著者・瀧本哲史さんが2012年6月30日に母校である東京大学で,29歳までの300人を対象に行った講義をまとめた一冊。残念ながら著者は約束の2020年の再会を待たず,2019年に亡くなっている。 …

『このよで いちばんはやいのは』考えをめぐらすという体験を

本より,インターネットという人が増えている。子どもに限らず,どんな世代でも。 私はもちろん,本の側に立つ一人だけど(インターネットも使いますが,どちらが好きかと言われたら,迷いなく)それはどうしてかと,ときどき考えてみる。 あくまで個人的な…

『日のあたる白い壁』絵と出会う幸福を,ことばに変えて

美術館に行くことは,私にとって読書と同じように,生きていくために必要な行為だ。 そして,疲れているときは,図書館より美術館が安らぐ。 この本にあるゴーギャンの言葉を借りるなら,絵画のなかでは一言の説明もいらず「すべては一瞬のうちに尽くされる…

『みどりいろのたね』種を植えることで育つもの

絵本から児童書へと移行する時期に,お勧めしている本。 主人公のまあちゃんは,うっかりものでわすれんぼで,めんどくさがり。学校で種まきをした日,こっそり食べていたメロンあめをたねと一緒に植えてしまう。 水やりも忘れたままのまあちゃんに,たねた…

『ザリガニの鳴くところ』ゼロから人生を切り開く少女の物語

結局,女ほど孤独な生き物もいないのではないかと思う。命を宿した時のために,一人でも痛みや不安に耐えていけるよう,孤独を味わうために作られているのだろうか。 この物語の主人公カイアの孤独は舞台である湿地のごとく果のないぬかるみの様な孤独だ。ア…

『記憶喪失になったぼくが見た世界』子どものこころで,世界を見たら・・・

大学1年のある日,バイクの事故で記憶喪失になった「ぼく」のその後を描くノンフィクション。 「ぼく」は子どもというより,産まれたての赤ちゃんが見ているような視点で世界を見ている。 知っている言葉だけで,目の前の知らないものを見つめたり,感じたり…

『光のとこにいてね』小舟に乗って,魂の片割れを探す旅

7歳で出会って別れ,15歳で再び出会って別れ,29歳で三度出会う二人の女性の物語。 短い出会いの瞬間に,二人は充分に運命を感じ,お互いが光と闇,雨と虹,海と空のように切っても切れない何かだと信じる。一人は裕福な家庭に生まれたが,嘘つきで傲慢な母…

『13歳からのアート思考』絵をみるということを通して

高校時代から美術館に通っていた。文字の世界もいいのだけれど,絵の世界は一層静寂に満ちていてるところが好きだった。語り掛けるのではなく,絵はただそこにある感じがして(もちろん饒舌な絵というのもあるけど),読書も含めて言葉の世界に疲れたときは…

『バンビ』一生に何度も読める物語

何度読んでもその時々で素晴らしく思え,何通りにも読める本を良書と呼ぶなら,『バンビ』も私にとっては良書のうちの一冊になる。 まず,子どものころに小鹿だったころのバンビに出会った。たぶんディズーニーの絵本だったと思う。その時バンビは私にとって…

『栞と嘘の季節』図書室をめぐるミステリー再び

『本と鍵の季節』を読んでから数年。高校で図書委員に所属する堀川次郎と松倉詩門(しもん)のコンビには,ぜひまた会いたいと思っていたので,迷うことなく手にとりました。 この二人は本当に絶妙のコンビ。二人の頭の回転が速すぎて良くできたテンポの速い…

『汝,星のごとく』親は選べなくても,その先の人生は選べるということ

夫を愛人に奪われた母親を守るために一緒に暮らす少女・暁美(あきみ)と,好きな人にどこまでもついていく身勝手な母親に振り回される少年・櫂(かい)。 二人は17歳で出会い,お互いの苦しい家庭環境を唯一打ち明け合い,深い深い恋に落ちていく。 こんな…

『数学する身体』曖昧な人間が,正確な解を求め数学をするということ

読む前と読んだ後とで,世界が全く変わってしまうような本がある。 大抵は読んだ後でそう気づく。「ああ,やってしまったな」と思っても,その時にはもう世界はすっかり変わっているのだから,どうしようもない。 数学と文学とは全く違うことのように扱われ…

『アンナの赤いオーバー』オーバーは人の手で作られる

12月が来ると読みたくなる絵本のうちの一冊です。 戦争の終わったポーランドで,新しいオーバーを買おうとする母と娘の物語。食べ物も日用品もない中で,子ども用の新しいオーバーを売っている店も見つからず,なにより買うためのお金もない。でも「戦争が終…

『科学と科学者のはなし』科学者の目で見る世界の姿

この本は明治・大正・昭和にかけて物理学者として活躍した,寺田寅彦のエッセイ集。たまたま手にとって,しおりのページを開くと「藤の実」というタイトルで「昭和7年12月13日の夕方帰宅して・・・」とある。つまり,90年前の今日のことを書いたエッセイだっ…

『サンタクロースっているんでしょうか?』という質問に対する,正しい答え

「サンタクロースって,本当にいるのかな?」 私は一体いつ頃,こんなふうに思っただろうか? この本の質問者は8歳の女の子。アメリカに住んでいる,利発な少女だ。1897年のある日,彼女は「サンタクロースなんていない」と友だちに言われ,父親に事の真相…

『クリスマスの小屋』『クリスマスの猫』奇蹟が起こる季節に

世界には,もう何千年分ものクリスマスの奇蹟を描いた物語がある。 とくに子どもたちには,そんな本を手渡したいと思う。奇蹟を信じられない子どもが絶望することほど悲しいことはないし,大人にはとくに知っておいてほしいのだけど,幼い子どもの絶望は大人…

『査察機長』クリスマスのニューヨークへ,飛行機で

ずっと昔にある人に勧められた本。その人が、自分の前からいなくなってしまったので、なんとなく読まずにきた本だった。 棚の整理をしていてふと目に留まり、借りて帰って開いてみるとクリスマスの物語で,なんだか運命を感じて読み始めた。 成田からニューヨ…