司書の本棚

司書が本当にお勧めする本

『すべての見えない光』見えない世界に住む少女にだけ見えるもの

視力を持たないが冷静で思慮深い少女マリー=ロールと,孤児院で育った優しく繊細な少年ヴェルナー=ペニヒを,出会いへと導くのはラジオ。ヒトラーが世界を巻き添えに始めたあの冷酷で悲惨な戦争の時代を背景に,ふたりのあまりにも脆弱におもえる少年と少女が細い運命の糸をゆっくりと手繰り寄せていく。

最初の一行から,最後の一行まで一部の隙もない抒情的な文章で,久しぶりに物語の世界にどっぷりとつかってしまう。この本を開いた瞬間から聞いたこともない音楽が流れ続けているように,味わい深い。最近の小説(特に若者向け)は強い言葉や暴力を交えたスピード感のある展開が多いように思うが,この本はそれとは対極で,戦争の中にすら,森の美しさや海の輝きを描く。もちろん人の心のしなやかさも。

二人は戦争に翻弄され,「炎の海」という名の人の運命を操る呪いのかかったダイヤモンドがさらに事態を複雑にする。戦争と呪いの間で一番無抵抗と思われるマリー=ロールだけが,白濁した目をこらして「見た世界」を一歩ずつ確実に進んで行く。

「視力を失った時,わたしはみんなから勇敢だと言われたわ。 ー中略ー でも,それは勇敢さとは違う。ほかにどうしようもなかったのよ。朝に起きて,自分の人生を生きているの。あなただってそうでしょう?」

少女はこう問いかける。死体のすぐそばで(彼女には見えてはいないわけだけれど),バケツに頭をつっこんで,棒のような手でバケツを抱えて水を飲んだ後で。

運命には誰も逆らえない。それが運命というものだから。けれど,受け入れるなら彼女のように潔く勇敢でいたいと思った。

朝起きて,自分の人生を生きる。それこそが強く美しいことなら,明日からは覚悟をもって生きよう。一生に一度しかない自分だけの瞬間を。