司書の本棚

司書が本当にお勧めする本

『数学する身体』曖昧な人間が,正確な解を求め数学をするということ

読む前と読んだ後とで,世界が全く変わってしまうような本がある。

大抵は読んだ後でそう気づく。「ああ,やってしまったな」と思っても,その時にはもう世界はすっかり変わっているのだから,どうしようもない。

数学と文学とは全く違うことのように扱われるし,日本では文理選択というどちらにとってももったいない選択システムがあるので,選ばなかった方に対して苦手意識を持ったり,自分には一生関係ないことのように考えてしまうところがある。

私は当然のごとく文系を選んだので,数学の世界は何か得体のしれないものというイメージがぬぐえなかった。昨日までは。

帯に「全編を読み通すために,数学的な知識は必要ない。」とあったので,まったくの興味本位で手に取った。

読み進むうち,文学はもとより宇宙まで巻き込んだ数学の世界に圧倒された。

博士の愛した数式』のなかで,「数字と愛を交わしているときに入ってくるなんて,トイレを覗くより失礼じゃないか」と博士が家政婦さんを叱るけど,その意味がこの本を読んで,やっと実感として分かった。誰だって誰か(何か)と愛を交わしているときに別の人に入ってきてほしくはないし,愛を交わす相手は情が通えば人でなくても構わない。そして数学はその相手として十分すぎるほど深く清らかな情を持っているのだと。

今日からの世界で,私は息をするように数学をする。雨の音を聞き,川の流れを見つめ,風に揺れる葉を感じることが,それであると知ったのだから。文字以外の方法で自然や情緒を感じる数学という世界があることに気づかせてくれた,この本は私にとって目からうろこの一冊だった。