司書の本棚

学校司書の仕事 読書記録

『とっときの とっかえっこ』絵本が伝える大切なことに,解説は不要。

子育て中に何度読んだか。そして何度読んでも途中で涙をこらえることになってしまう。せつないのでもなく,やるせないのでもなく,安心して泣き笑いみたいになってしまうのです。

おじいちゃんやおばあちゃんが出てくる絵本は多くて,子どもとお年寄りのペアはいつもユーモラスで中身は似ているのに外見は遠い不思議な存在です。そんなお年寄り子どもペアの中でも特に好きなのが,この本の中のバーソロミューおじいさんととネリー。二人は大の仲良しで近所の人に「ハムエッグ」とよばれるほどいつも一緒。

ある日,昔のお話を聞いた後で「おはなしがなくなってしまうことはない?」と心配するネリーにバーソロミューは答えます。「もしなくなっても,だまっていればいいんだ。なかよしなら そうしていられる。」子どものための本には,ときどきこんなぞくぞくするような言葉が出てきます。

絵本が教えてくれることは限りなくたくさんあるのですが,私は教訓めいた昔話にこれでもかと落ちをつけるより,余韻を楽しむ本を読んでやりたいと思います。

そして学校の先生たちに言いたいのですが,読み語りの時間に「作者は何を言いたかったの?」とか「この本で勉強になったところは?」なんて愚問はやめて,こどものこころが感じた余韻をこわさないように,ただ黙って本を閉じてください。絵本の言葉は説明を必要としない明快さできちんと響いているはずですから。

 

とっときのとっかえっこ

とっときのとっかえっこ

 

 

『お探し物は図書館まで』私もこんな司書に いつかなりたい。

司書という仕事の魅力はなんといっても,その人にとって今必要な本を手渡すことが出来た瞬間です。

悩んでいた人がスッキリとした顔で本を返しに来たなら,心の中でガッツポーズ。

「面白かったです。」「良かったです。」と,話しかけられたらこの先もきっとその人は本の力を信じてくれるような気がして,帰り道でも笑顔になります。

 

この本はそんな瞬間を集めているので,司書にとってはストライクのみのバッティングセンターのよう。こんなにうまくはいかないと分かっていても,ついつい読んでしまう短編集でした。

私もこんな司書になりたい。

いくつになっても果てのない,冒険のような読書の旅です。

 

お探し物は図書室まで

お探し物は図書室まで

 

 

『逆ソクラテス』逆転の発想が いじめを止める

伊坂幸太郎さん自身があとがきの中で

「この本を書くために作家になったといってもいい。」

と書かれています。それほどまでにこの本は今までの作品とは一線を画す場所にある作品だと思いました。

 

いじめについて,ある種の答えを出している本はいくつかありますが,この本の答えは明快で,単純です。だからこそ渦中にいる誰かを助けうるかもしれないと,希望を持ちました。

 

いままでも厳しい状況にいる子どもたちにさまざまな本を勧めてきましたが,

これからはきっとこの本を進めることが増えると思います。

 

わたし自身も,かつてはいじめられっ子でした。もちろんたくさんの本に助けられてきたので,本はいじいめから誰かを救うことが出来ると,強く信じています。

 

 

 

逆ソクラテス (集英社文芸単行本)

逆ソクラテス (集英社文芸単行本)

 

 

 

『ダンスダンスダンス』 人生はダンスのように

 

村上春樹の作品は私の高校時代のすべてです。高校時代に味わうべき感情のほどんどを村上春樹の小説で味わいました。当時『ノルウェーの森』は大ベストセラーでしたが,私はどちらかというと初期の三部作の主人公の不完全な偏りのあるキャラクターが好きでした。

そして一番何度も読んだのが『ダンスダンスダンス』。主人公の「ぼく」は,やはり不完全で偏狭な性格。世間と距離をおき,自分の生き方だけを守っているようにも思えます。

けれど,「ぼく」はだれにも指図したりしないのに,私をぐいぐいひきつけてやみませんでした。

「物事の良い面だけを見て,良いことだけを考えるようにすれば,何も怖くない。」という教えは,その後何年も私を守ってくれました。

「音楽に合わせて自然に体が動くように,ただダンスしているだけ。」

世界に飛び出したばかりの,一人ぼっちの私にとって,この感覚的な生き方の「ぼく」は心の支えであり,最も親しい友人でした。いまでもときどき会いたくなります。

若い魂に必要なものがたっぷり入った小説だと思います。

 

ダンス・ダンス・ダンス(上) (講談社文庫)

ダンス・ダンス・ダンス(上) (講談社文庫)

 

 

 

ダンス・ダンス・ダンス(下) (講談社文庫)

ダンス・ダンス・ダンス(下) (講談社文庫)

 

 

食べ物と記憶 『おじいちゃんとパン』

 

それを食べるといっぺんに記憶がよみがえるようなものって,ありますよね。私の場合は,お好み焼きとか(高校時代),チーズ蒸しパン(高校時代),山菜肉うどん(大学の学食),アンパンマンポテト(子育て期)などなど。

『おじいちゃんとパン』はおじいちゃんが大好きな甘いパン(食パンに自分でトッピング)がつぎつぎ出てくる絵本。ジャムやはちみつ,あんこにマシュマロと,おじいちゃんは本当においしい食べ方をいっぱい知っています。そして時々,「ぼく(ちびすけ)」におすそ分けしてくれます。ラストにはひとひねりあって,そこがまた・・・。

ただおいしそうだけじゃなく,味以外のものもちゃんと伝わる絵本です。

 

 

おじいちゃんとパン

おじいちゃんとパン

 

 

『つめたいよる』に,デュークに会いたい

仕事中にふと手に取って,思わず一気読み(最初の短編「デューク」だけ)・・・。

いっぺんに本の中に入っていく感覚が味わえる作品。作者の名前の通り,この人にしか出せない香りがあって,懐かしい日向のにおいや,けだるい午後の雨のにおいのような,だれでも知っているなつかしいものがふわっと香ってたまらない気持ちになります。

特にこの作品は,冬の日にデートする幸せを思い出させてくれます。

 

新しく出版された『江國香織童話集』にも入っています。

 

つめたいよるに (新潮文庫)

つめたいよるに (新潮文庫)

 

 

 

 

江國香織童話集

江國香織童話集

 

 

 

『読書する人だけがたどり着ける場所』

母の日にいただいた本です。

齋藤孝さんは子ども向けにも読書の指南書をたくさん書かれています。そのどれもが読みやすく,本の紹介もあって,まさに読書することでたどり着いた場所からの届いた本だといえます。

 

最近「趣味は読書です」というと,嫌な顔をされます。

「ゲームはきらいです」というと,さらに嫌な顔をされます。気難しくてアナログな人だと思われるようです。

逆に「本は嫌いです。」「情報はネットでとっています。」と言い返されることもあります。

 

私は何も無理やり誰かを本好きにしようとしているのではありません。ただ,本を読むことに意味はあると思っています。

 

この本はそのことを優しい言葉で語ってくれます。本が好きな人は,この本を読むとどうして自分が本好きなのかが腑に落ちると思います。気難しい人みたいに思われても,たしかにいいことがあるように思えてきます。そして読まない人には,どうして本でなければならないかがちょっとだけわかると思います。著者おすすめの本の紹介もあり(難しい古典作品もふくまれてますが,たまには。),ますます本が読みたくなりました。

新聞の読書欄ではこの本の紹介で「沈潜」という言葉を使っていました。水面に浮かぶ泡のような表面を読むのではなく,深く潜って沈む真理を読むことが本来の読書だそうです。

もうすぐ梅雨なので,雨の音を聞きながらじっくり本を開いて「沈潜感覚」を味わってみたいです。