司書の本棚

司書が本当にお勧めする本

『遅いインターネット』五感を使ってゆっくりと思考すること

田舎に住んでいると「移住・定住促進」という言葉をよく耳にする。私自身は論理的に考えて,私の住む町だけが人口を増加させることはできないという意見を持ち続けている。けれどそんな考えはなぜか少数だ。先日,仕事で東京から来られた方がこの話を耳にして,「人口って増えたほうがいいのですか?だとしたらなぜですか?」と問われ,ハッとした。逆説的に考えてみることは何か大きな方針を決めるときには大切なプロセスだけど、忘れていることも多いと痛感した。

今やインターネットを使わない日はない。おそらく使わない人もほとんどいない。誰もがネットニュースを見て,SNSでコミュニケーションを取り,動画で時間をつぶす。そんなこの世界では,インターネットは速いほうが良いに決まっていると思っている。けれどより早く情報が伝わり手軽に世界に触れることができて良くなっているはずの世界に,私が抱く違和感は何だろうかとずっともやもやしていた。それは例えば誰が書いたかわからない根拠の薄い記事を目にすることが増えたことや,そもそも根拠などないフェイクニュースが出回ってること。そしてそれらに寄せられる「いいね」と「誹謗中傷」。たとえ誰が書いたのか分かっていたとしても,日常のように装った美しすぎる一瞬の切り取り。そしてまたそれに寄せられる「いいね」や「誹謗中傷」。まるごとの事実でも真実でもないけれど,多くの人が見たいものを流し続ける人と,せっかくの正しい情報も,見たいところだけを簡単で単純な形に切り取って受け取る人。そして、そんな違和感があっても尚ネットを使うしかない日常に対する更なる違和感。これは「移住促進」と同じで,そもそも本当に必要かどうか考えてみなければ・・・という思いに駆られこの本を手に取った。

本書はタイトルの通り「遅いインターネット」の必要性を説いている。そして私の感じていた違和感の正体にも触れ、インターネットはもっと五感を使ってゆっくりと味わうような使い方をするべきなのだという新しい考えを与えてくれた。自分の見たいものだけを見て,世界に触れていると感じるような使い方ではなく,正しく読み取る受け手としての成熟があってこそ有益なのだと。

結局私はお手軽な人生ではなく,時には理不尽だとしても味わい深い人生を望んでいるのだから,アナログと言われても本をめくり、ゆっくり考える方が性に合っているのかもしれない。