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『正欲』正しさとマジョリティは必ずしもイコールではない

タイトルからして,一筋縄ではない感じがして,なかなか開かずにいました。

テーマは「性的少数者」つまりマイノリティなのだと思います。ですが,切り口は今までに見たこともないものでした。

初めて出会う考えがたいていそうであるように,驚きとともに圧倒されて丸のみしてしまいそうになるのを必死にこらえて考えてみました。

そもそも,マイノリティとは何でしょうか?

私がこの小説の中で一番印象に残ったのは,「多様性と声高にいってみても,所詮自分が想像できる範囲の多様性で,想像以上のものは異常扱い」というような意味の部分でした。たしかに,いま世間では「多様性」の波が大きくなり始めていますが,「マイノリティ」と「異常」の違いとはどのあたりでしょうか?別の言い方では「普通じゃない」となる考えなり趣向なりが,「多様性」の範囲内か否かは「自分の想像の範囲内であるかどうか」ではないかと問われれば,言葉に詰まります。つまり想像の範囲外は全て「異常」なのです。

そしてもう一つ「生きていく上で多数派の意見を選び続けることが出来る人は,少数派」というような意味の一文も,心に残りました。言われてみれば,ずっと人と同じ意見を選び続けること,多数派でいることは意識しているからこそできることかもしれません。

私たちは「ふつう」という言葉を大切にしています。枠から外れることは,容易に外に出ていくことができず,他国との交流もほとんどなかったこの島国では,孤独ではなく「死」に近い意味があったのでしょう。何十年か前まで「世間体」という言葉がそれこそ「ふつう」に使われてきました。ここ何年かで「多様性」が叫ばれるようになりましたが,だからと言って校則を廃止する学校がどんどん増えているわけでもなく,今も多くの学校で同じ服装・同じような髪色の児童や生徒が画一的な世界に閉じ込められてもがいています。社会に出てからも「同調圧力」はかかり続け,はみ出したものは元の集団に戻るのが難しい現実もあります。

そんな現実の中でも,こんな小説が生まれてることには希望を感じます。「正しい」ことと「多数派であること」が必ずしもイコールではないこと,「たくさんの幸福の形」があっていいのだということを,深く心に刻み付ける物語でした。

 

正欲

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