司書の本棚

司書が本当にお勧めする本

9.文学の森

『成瀬は天下を取りにいく』独自のマインドと地域愛で,天下取り

意志を持った凛々しい顔に,なぜかライオンズのユニホーム。鼻の下をこすっているポーズからすると,恋愛系ではなさそう。そしてタイトル通りなら笑える?・・・。 主人公「成瀬あかり」はそんな想像を全く裏切らず,すべての想像の上を行く。登場時はおそら…

『東京タワー オカンとボクと,時々,オトン』人は,いつ大人になるのか?

歴代の本屋大賞作品を展示していて,「学生時代に泣きながら読んだな・・・」とめくり始めたが最後,借りて帰って一気読みすることになった。 当時はオカンがとにかくかわいそうで,病気が重くなっていくところがせつなくて泣けてきたのだけれど,自分がオカ…

『星を編む』物語のその後を知る楽しみ

2023年の本屋大賞受賞作『汝,星のごとく』の続編であり,2024年本屋大賞ノミネート作でもある小説。 表紙から『汝,星のごとく』の続編だと分かる美しい刺繍のデザインされた装丁。 発売されてすぐに借りて読んでいたのに,本屋さんで偶然サイン本に出会い…

『リカバリー・カバヒコ』ありふれているから,共感できる物語

今年も本屋大賞の季節がやってきて,読みかけてやめていた本を手にとった。 作者は2021年『お探し物は図書室まで』2022年『赤と青とエスキース』で本屋大賞2位,昨年は『月の立つ林で』で5位と,もはやノミネート常連の方。今回も心打つ連作短編だった。 こ…

『オリガ・モリソヴナの反語法』強靭で美しい肉体には,強靭で美しい魂が宿る

人をけなすとき,「褒めちぎる」つまり反語法をつかってけなすというとんでもなくひねくれものの「オリガ・モリソヴナ」という女性の,一生の物語。 この物語は1930年代スターリンの行った粛清の波にのまれた女性たちの物語を追う形で進む。 革命や共産主義…

『虔十公園林』(けんじゅうこうえんりん)心の美しい人のまなざしで見た世界

宮沢賢治の本の中から一冊を選ぶのは本当に難しいけれど,どうしても何か一つ選ぶなら,私はこの作品を上げる。 虔十はみんなから「ちょっと足りない」と馬鹿にされているけれど,そう言われてもいつも「はあはあ」笑っていて,「雨にも負けず」にでてくる賢…

『リンドグレーンと少女サラ』手紙がつなぐ友情

半世紀生きて思うのは,女の友情って年が離れていたほうが育まれやすいのではないかということ。年が近いと,ライバルになってしまう可能性の方が高いけれど,年が離れていればお互いの声に素直に耳を傾けられる気がする。(もちろん例外はあるけれど) この…

『ザリガニの鳴くところ』ゼロから人生を切り開く少女の物語

結局,女ほど孤独な生き物もいないのではないかと思う。命を宿した時のために,一人でも痛みや不安に耐えていけるよう,孤独を味わうために作られているのだろうか。 この物語の主人公カイアの孤独は舞台である湿地のごとく果のないぬかるみの様な孤独だ。ア…

『光のとこにいてね』小舟に乗って,魂の片割れを探す旅

7歳で出会って別れ,15歳で再び出会って別れ,29歳で三度出会う二人の女性の物語。 短い出会いの瞬間に,二人は充分に運命を感じ,お互いが光と闇,雨と虹,海と空のように切っても切れない何かだと信じる。一人は裕福な家庭に生まれたが,嘘つきで傲慢な母…

『バンビ』一生に何度も読める物語

何度読んでもその時々で素晴らしく思え,何通りにも読める本を良書と呼ぶなら,『バンビ』も私にとっては良書のうちの一冊になる。 まず,子どものころに小鹿だったころのバンビに出会った。たぶんディズーニーの絵本だったと思う。その時バンビは私にとって…

『栞と嘘の季節』図書室をめぐるミステリー再び

『本と鍵の季節』を読んでから数年。高校で図書委員に所属する堀川次郎と松倉詩門(しもん)のコンビには,ぜひまた会いたいと思っていたので,迷うことなく手にとりました。 この二人は本当に絶妙のコンビ。二人の頭の回転が速すぎて良くできたテンポの速い…

『汝,星のごとく』親は選べなくても,その先の人生は選べるということ

夫を愛人に奪われた母親を守るために一緒に暮らす少女・暁美(あきみ)と,好きな人にどこまでもついていく身勝手な母親に振り回される少年・櫂(かい)。 二人は17歳で出会い,お互いの苦しい家庭環境を唯一打ち明け合い,深い深い恋に落ちていく。 こんな…

『査察機長』クリスマスのニューヨークへ,飛行機で

ずっと昔にある人に勧められた本。その人が、自分の前からいなくなってしまったので、なんとなく読まずにきた本だった。 棚の整理をしていてふと目に留まり、借りて帰って開いてみるとクリスマスの物語で,なんだか運命を感じて読み始めた。 成田からニューヨ…

『探偵は教室にいない』冬になると会いたくなる二人

中学生のころの自分にいい思い出はないはずなのに,この小説を読むと中学時代が妙に懐かしく郷愁に駆られる。恋に恋する時期の,近づきたいのに同じくらいに近づきたくないという矛盾を抱えた集団の一員だったころを思い出す。 この本は著者にとってのデビュ…

『マスカレード・ゲーム』美容院と極上ミステリーの関係

東野圭吾さんの作品は,面白いに違いないのでいつも美容院で読んでいます。パーマをかけたり,カラーリングをしたりするとそれなりに時間がかかるので,この間に一冊読むとちょうどぴったり。電話が鳴ることもないし,家事をしながらよりずっと集中して読む…

『両手にトカレフ』本が救った,少女の物語

主人公ミアはイギリスに暮らす14歳の少女。母親はアルコール依存症で,たぶん精神疾病で,今は家にこもっていて仕事にも行けず,生活保護で暮らしている。父親については何も知らない。「もし子どもに親が選べるなら,私は彼女なんか選ばない。」と思ってい…

『たんぽぽの日々』いつか見送るための,子育ての日々

我が子を胸に抱いて,愛おしいと思わない母親はいない。 それでも,いつも胸の奥でつぶやいていたのが,この本の表題作。 「たんぽぽの 綿毛を吹いて 見せてやる いつかおまえも 飛んでゆくから」 私自身はうまく飛び立つことができないたんぽぽだった。遠く…

『同志少女よ,敵を撃て』少女の敵は,何だったか

主人公の少女セラフィマは1942年独ソ戦の影が忍び寄るモスクワに近い農村に住んでいる。そんなある日、母と共に狩猟に行った帰り,村を襲うドイツ兵を目撃する。とっさに狩猟用のライフルで狙撃しようとした母親は,セラフィマの目の前で撃たれて死に,自分…

『わたしの美しい庭』良心の呵責ではない同情は存在するのか?

物語の主人公は10歳の少女百音(もね)。事故で両親を亡くし,母親の元結婚相手だった統理(とうり)と二人で暮らしている。近所の人たちは二人が「なさぬ仲」だから複雑な家庭と思っている。二人は統理が所有するマンションの一室に住んでいて,朝になると…

『すべての見えない光』見えない世界に住む少女にだけ見えるもの

視力を持たないが冷静で思慮深い少女マリー=ロールと,孤児院で育った優しく繊細な少年ヴェルナー=ペニヒを,出会いへと導くのはラジオ。ヒトラーが世界を巻き添えに始めたあの冷酷で悲惨な戦争の時代を背景に,ふたりのあまりにも脆弱におもえる少年と少…

『だれかののぞむもの~こそあどの森の物語』自分の人生を生きよう

岡田淳さんのこそあどの森シリーズの中の一冊。 「この森でもなければ その森でもない あの森でもなければ どの森でもない」 どこにあるのかわからないこそあどの森で起こる出来事が描かれるファンタジーシリーズ作品。 『ふしぎな木の実料理法』をまず読ん…

『黒牢城』歴史的ミステリー小説

何年か前の大河ドラマ「軍師官兵衛」が大好きな夫にもおすすめした小説をついに読了。 舞台は荒木村重が籠城する有岡城。織田信長に反旗を翻し立てこもった村重のもとに翻心するよう説得に行った官兵衛は捕らえられて地下の土牢に繋がれる。ここまでは歴史的…

『星を掬う』運命を変えるためになすべきこと

この作者らしい作品でした。 今回も運命と戦う女性たちの物語だった。 最高の夏の思い出が,最後の時間になり,離れ離れになった母子はラジオ番組をきっかけに再び巡り合い,一緒に暮らすことになる。そこにはすでに二人の同居人がいて,4人ともそれぞれ背負…

『正欲』正しさとマジョリティは必ずしもイコールではない

タイトルからして,一筋縄ではない感じがして,なかなか開かずにいました。 テーマは「性的少数者」つまりマイノリティなのだと思います。ですが,切り口は今までに見たこともないものでした。 初めて出会う考えがたいていそうであるように,驚きとともに圧…

『赤と青とエスキース』絵画の閉じ込めているもの

この小説の中に登場するのは「エスキース」(下絵の意)というタイトルの一枚の人物画です。その人物は赤いブラウスを着て,青い鳥のブローチをつけた若い女性。つまり赤と青と「エスキース」です。 この本は,その絵をめぐる30年間の物語です。 さて,本の…

『スモールワールズ』事実はいつも小説より奇

フィクションの世界では往々にしてハッピーエンド,もしくはきれいな終わりが予想でき,だからこそ「事実は小説より奇なり」なのだろう。 この本はそういった意味では現実に近いかもしれない。 6つのバラバラに思える短編が,かすかなつながりを持っている…

『夜が明ける』人が人を救うことは,できるのか?

社会の網目からこぼれ落ちてずっと深く落ちていく人々の物語。 主人公「俺」とフィンランドに実在した俳優・アキ マケライネンにそっくりな「アキ」との高校生から33歳までの友情を描いている。二人とも神様に見放されたようについてない生い立ちを抱えた少…

『透明な螺旋』理系脳へのあこがれ

今更ですが,作者 東野圭吾さんも,主人公 湯川教授も理系男子で,そんな理系ならではの論理的思考に憧れます。 実際にこんな風に理詰めで詰め寄られたら・・・と,考えるとゾッとするのですが,新刊が出ると「まあ,読んでおこうか。」と思ってしまう魅力的…

『手紙屋』人生を変える一冊になり得る物語

この作者の本を読むのは初めてではありませんでした。 ですから,きっといい話だろうという予感はありました。 私はよく「一冊の本は人生を変える」という表現を使います。それは実際にそんな体験をしたことがあるからです。一冊の本でなくとも,たった一行…

『窓際のトットちゃん』が開けてくれた窓

小学校5年生くらいの事だったと思う。その日風邪をひいて休んでいた私は,親の本棚から『窓際のトットちゃん』を取り出した。いわさきちひろさんの絵による絵本を読んだことがあり,表紙の絵を見て「これならよめるかも・・・。」と思ったことを覚えている…