この小説の中に登場するのは「エスキース」(下絵の意)というタイトルの一枚の人物画です。その人物は赤いブラウスを着て,青い鳥のブローチをつけた若い女性。つまり赤と青と「エスキース」です。
この本は,その絵をめぐる30年間の物語です。
さて,本の話から離れてしまいますが,私は絵を見ることが好きです。素晴らしい本に出合った経験と同じくらい,素晴らしい絵に出会ったと感じたことがあります。
この本の中にも少し触れられていますが,絵に描かれたものはそのままそこに切り取られ同じ鮮度でいつまでも存在し続けることが出来ます。
場合によっては言葉を重ねるよりもずっとまっすぐに過不足なく,そこにあった「すべて」を瞬間的に絵の中に閉じ込めます。だから絵画であるのに果物が香ったり,空気が冷たいと感じたり,音楽が聞こえたり,靴音がしたりします。それを全部正確に写し取ることが出来るのが絵画のすばらしさの一つだと思います。
この小説のような,絵画が物語のカギになっている作品を読むと,どうしても美術館に行って絵を見たくなってしまいます。絵の中に,あるいは裏側にある物語を想像しながらじっと一枚の絵の前に立ってみることは,本を開いてる時と同じくらい全身で別の世界に入り込んでしまうことが出来る時間です。
この本もそんな気持ちにさせる一冊でした。
- 価格: 1650 円
- 楽天で詳細を見る