司書の本棚

司書が本当にお勧めする本

『虔十公園林』(けんじゅうこうえんりん)心の美しい人のまなざしで見た世界

宮沢賢治の本の中から一冊を選ぶのは本当に難しいけれど,どうしても何か一つ選ぶなら,私はこの作品を上げる。

虔十はみんなから「ちょっと足りない」と馬鹿にされているけれど,そう言われてもいつも「はあはあ」笑っていて,「雨にも負けず」にでてくる賢治の理想「でくのぼう」そのもののような男の子。杉を植えただけで何も成し遂げることもなく,はやり病であっさり亡くなっってしまうけれど,なぜか人々の心にずっと住み続けている。

この物語は開くたびに私を癒してくれる。10分で読めるくらいの短いお話なのに,そして虔十はほとんどしゃべらないのに,読む人の怒りややるせなさをぜんぶきれいに拭ってしまう不思議な物語だ。最後の杉林の描写は,美しすぎて泣けてくるほどだ。宮沢賢治の目で見ると,世界はすべてが特別美しい奇跡のかたまりなのだと分かる。

忙しくて壊れそうなときは,目を閉じて虔十公園林のことを考える。背の高い黒い葉の茂った杉林。足の下には月光色の芝生が広がり,杉はどんな季節にも虔十のようにまっすぐ素直に天に向かって立っている。私はその下でなら,安心して満ち足りた赤ん坊のような自分になってただ「はあはあ」笑っていられる気がするのだ。